——西暦2050年
人類史に技術革命が起きた
強者だけが勝ち、
弱者が搾取される時代に光明が差す
常識を覆し、世界を変える技術
人はそれを “ネオNFT” と呼んだ……
——時は経ち
西暦2069年 シン日本帝国
人口は5,900万人まで減少、
貧富の差は益々広がり、
国力は大きく低下していた。
一方、技術革命が進み
国に依存しない
“自律したコミュニティ”
が出来始める。
中央集権の衰退を恐れた国が
軍事力を高め、
暴力の上に権力を置くようになるには
そう時間はかからなかった。
民衆は反発を繰り返し、
その度に国は武力で迎え撃つ。
————やがてそれが
シン日本帝国と自律コミュニティの
戦争へと拡大したのだった。
同年 6月12日 16:33
都内某所
——ズガガガガガガガガガ!!
激しい銃声が、
荒廃したビル群の隙間から騒ぎ立てる。
「!?リーダー!
シン日本軍の奴らが、前進してきてます!
”ネオNFT” で加勢してください!」
—— “ネオNFT” とは、
『NFT(代わりの利かないデジタルデータ)
を具現化した物体の総称』
であり、兵器として利用されることが多い。
反社会組織 “ヘルメス” とシン日本軍は
この土地を賭け、ネオNFTを利用し
日夜凄まじい抗争を繰り広げていた。
「チッ、報告よりも敵が多いな……
仕方ねぇ——『ミント』!!」
リーダーと呼ばれるこの大男は
右手に瓦礫を持ち上げ、
呪文のような言葉 “コマンド” を唱える。
すると、
瓦礫はみるみるうちに
赤い幾何学模様の羅列に変化……
瓦礫からガトリングガンが再構築された。
この『ミント』という
コマンドがトリガーとなり、
リーダーの持つNFTデータを
“ネオNFT” として実体化させるのだ。
「……フン!
貴様ら腐ったシン日本軍を倒し、
我らヘルメスが
この国を再建してやるのだ!」
——ズダダダダダダダダ
「……行き過ぎた中央集権よ、
覚悟して罪を償え!!」
ヘルメスのリーダーは、
まるで漫画のような決め台詞を
猛々しく叫びながら、
銃弾を四方に飛ばし、敵を霧散させる。
その上方では、一人の少女が
瓦礫の山頂に立ち、
戦地を広く眺めていた。
「これが……戦場」
この少女の名は “アオイ” 。
今の時代では珍しいリーゼント、
黒髪に青いメッシュが特徴だ。
アオイは、初めて見る戦場を見て
恐ろしさと怒りを同時に感じていた。
すると、彼女の後方から
金属が擦れ合う音が聞こえて来る。
「!!?」
アオイが咄嗟に振り向くと、
シン日本兵が刀を構え
防具をガチャガチャと鳴らしながら、
瓦礫の山を駆け上がってくる。
凄まじい戦場の光景に集中するあまり
シン日本兵に、背後を取られたのだ。
「!?ヤバい、殺される!」
アオイは焦って逃げようとするが、
そこは瓦礫の上……逃げ場など、ない。
駆け上がってきたシン日本兵は、
アオイに向かって刀を振りかぶる。
(!?切られるッ)
彼女が覚悟して目を瞑った
その時……
——ズバンッ!!
シン日本兵が、
目の前で血を流し倒れた。
「おい、アオイ!
隠れていられないなら、
せめて……俺から離れんじゃねぇ!」
危険を察知したリーダーが
駆けつけ、アオイを救ったのだ。
「……あ、ありがとう」
アオイは、リーダーに
助けられるのは今回が初めてではない。
(……また、助けられてしまった
自分に出来ることを、
探しに来たはずなのに)
彼女は、悔しさと憧れが入り乱れ、
変な気持ちになる。
「アオイ、
そんな目立つところにいるな。
戦場を見たい気持ちはわかるが……
一旦、後ろの瓦礫に隠れとけ!」
アオイはそう言われると、
軽くうなずき、素直に瓦礫の影に隠れる。
そしてしゃがみ込んだ彼女は、
自分の両手を悔しそうに見つめる。
(なんで、ぼくは皆と同じように
『ミント』出来ないんだろう……)
“ネオNFT” は、
万人が使える技術だが
この “アオイ” だけは、
今まで一度も成功した試しがない。
「それにしても……!!」
そう言うと彼女はまた立ち上がり、
戦場を眺める。
「シン日本軍……。
弱い者虐めして、食いモンを奪い
動ける人間は拉致って奴隷にする……。
マジで、何様だ、コイツら……!!!」
ヘルメスの雑用係 “アオイ” は、
失った13年間の記憶を取り戻すため、
手掛かりとなる戦場に自ら赴いた。
だが……
彼女がそこで見た景色は
想像を遥かに超えた悲惨なものだった。
——アオイはふと、
この戦争に志願した数日前を思い出す……
「頼む!リーダー、
一度でいいから
戦場に連れて行ってくれない?
この通りッ!!」
彼女は両手をパチンと合わせ、
何度も何度もリーダーに頼み込む。
「ダメだ。
お前が来ても、ただの足手まといだ。
ほら、さっさと掃除でもしてろ!!」
「……ぼくは、諦めないよ!
もし連れてかないなら……
勝手についてくからね!!」
リーダーは深くため息をつきながら、
アオイに質問する。
「全く……
なんでそこまで
戦場にこだわるんだ?」
彼は断固として拒否をしていたが、
アオイの次の一言が決め手となる。
「……ぼくは、
掃除するために生まれたんじゃない。
自分にしか出来ないことを、
探したいんだ!」
(!!?その台詞は……)
リーダーは面を食らった。
戦争で失った息子と、
アオイの姿を一瞬重ねたのだ。
(結局、アイツには何もやらせて
あげられなかったな……)
息子を大切にするあまり、
全てを我慢させてしまった。
数年経った今でも、
彼は後悔しているのだ。
「……今回だけ、だぞ」
「!!?
おぉぉ、ありがとうリーダー!!」
リーダーの胸中を知らないアオイは、
両手を天井にかざし、
喜色の声を上げ飛び跳ねる。
(また、天国の妻に怒られそうだな……)
リーダーは小さくため息を吐き、
子どもに諭す様に言い聞かせる。
「あのな、
戦場はお前が思ってるような
場所じゃない。
胸糞悪いモンばかり、見ることになる。
……その覚悟は持っていけよ?」
「——大丈夫!」
アオイの真っ直ぐ見つめる瞳は、
リーダーに覚悟を感じさせた。
彼はその顔を真剣な顔で見つめて話す。
「……アオイ、
お前は過去に痛い目見たから
知ってるだろうが、
ヘルメスは英雄じゃないぞ」
アオイは黙ってうなずく。
「むしろ、
ヘルメスは碌でなしの集まりだ。
——だけどな、碌でなしなりにも、
守りたいものがあるんだよ。
そのために、命懸けで戦う。
……俺たちで、弱者を守るんだ」
——そして今、
戦場を見つめるアオイは
リーダーのこのセリフを思い出し、
シン日本軍への苛立ちを隠せなくなった。
(強いヤツは……
弱いヤツを守るんじゃねぇのかよッ!!)
強者が弱者を暴力で支配する世界……
こんなものがあっていい筈がない。
覚悟はしていたが
想像を超える現実を目の前にし、
拳を強く握り締め、髪を掻きむしり
明らかに苛立ちを見せる。
「アオイ、どうしたの?
……大丈夫?」
彼女のすぐ横で、小さく声がする。
茶色い毛並みの子犬 “くーちゃん” だ。
なぜ、くーちゃんが喋れるのか、
それは未だ誰も知らない。
アオイがヘルメスに拾われる前から、
一緒に苦楽を共にしてきた唯一の友人だ。
「ねぇ、やばいよ!
もっとしっかり隠れないと
見つかっちゃう!」
アオイはくーちゃんの指摘で
瓦礫に隠れ直すが、
目線は少し先のシン日本兵に向いている。
——その時、
アオイよりひと回り小さな男の子が
シン日本兵に殴られるのが、
彼女の目に入った。
(!?——あいつら……!!
いい加減にしろよ!!!)
(アオイ、落ち着いて!!)
シン日本兵は嘲笑しながら
銃口を子どもに向ける。
その光景を見て、
彼女の怒りは頂点に達した。
「!?
ふざけんなぁぁあ!!!!」
——そして、気が付くと
アオイは瓦礫の陰から駆け出し、
シン日本兵に思い切り
殴りかかっていた。
「ぐはッ!?なんだ、コイツ!
ど、どこから現れた?」
その騒ぎにリーダーはすぐに気がつく。
そして応戦しながら慌てて声を上げる。
「!?アオイ、何してんだ逃げろ!」
アオイは殴った拳の痛みを我慢しながら、
リーダーの方を振り向く。
「リーダー!!
だって、こいつらが……!!」
その時……
——パンパンッ!
一瞬の出来事だった。
アオイが
リーダーに気を取られた隙に
シン日本兵は、彼女の両足を一発ずつ
撃ち抜いたのだ。
「ぐ……!?
イデェーーーー!!」
シン日本兵は、
倒れたアオイの頭を足で踏みつけ
両手に手錠をはめる。
「アオイを放せ!!」
驚いたシン日本兵は、
噛みついて離れないくーちゃんを
銃で何度も叩きつける。
くーちゃんは勇気を振り絞り、
シン日本兵の足に、
思い切り噛み付く。
「!?くーちゃん!
クソ、やめろ!放せ……
放せって言ってんだぁぁあーーー!!!」
——バチッ!
バチバチバチバチ!!!!!!!!!
「!!?」
——その時、驚く現象が起きた。
アオイの周囲に電撃が走り
“ネオNFT” 全てが音を立てて
ショートしたのだ。
「キャンッ!!」
くーちゃんは電撃の衝撃で
吹き飛ばされ、気絶してしまう。
(!?アオイの昂った感情が、
周囲に干渉してやがる……!!)
この現象を前に、
リーダーは額に汗を垂らす。
その表情は、「まずい」と物語っていた。
シン日本兵も
何が起きたか理解していないが、
ショートした武器を確認している。
「!?くそ!
やはりアオイは
連れてくるべきじゃなかった……!!」
何が起こったのか、
リーダーだけが分かっていた。
過去に数回、
同じ現象を目にしているからだ。
(アオイの特異体質が出たか……!!
今回も本人は気が付いてない。
敵にバレる前に、助けなければ)
特異体質と、
一言で片づけるには謎が多い現象。
しかし、
彼はアオイがミントできない原因と
深い関係があると考えている。
(この特異体質は、危険だ。
アオイも扱いを知らないからな……
もし、敵にバレれば
どんな目に遭わされるかも分からねぇ!)
「アオイッ!!!」
敵の砲弾に阻まれ、
助けに行けない苛立ちが、声に乗る。
彼は使い物にならなくなった
ガトリングを投げ捨てた。
「!?リーダー、怪我してる……ッ!!
くそ!放せぇぇぇえ!!!」
リーダーは酷い傷を負っていた。
武器が使えなくなってもなお、
体一つでアオイを助けるために暴れている。
その姿を見て、
アオイはもがきながら
シン日本兵を睨みつける。
その怒りは熱く、
まだ収まる気配がない。
「——お前ら、
人を傷つけて、何が楽しいんだ!
ぼくが、テメェらを……!?うッ!」
——ドサッ
シン日本兵は、
彼女の頭に銃を強くたたきつけ
気絶させたのだ。
動かなくなったアオイを見て
リーダーは興奮し、声を荒げる。
「ッ!!?アオイを放せ!!」
すぐさま駆け出そうとするリーダーを、
周りの者達が慌てて制止する。
「何やってんですか!
あんたまで捕まっちまったら、
終わりだ!!
それに……その傷じゃ無理だ!」
「えぇぇい!!
行かせろッ!まだ間に合う!!」
リーダーは、血を流しながら
仲間の腕を振り解かんと、
激しくもがく。
が——
その思いは届くことなく、
アオイは引き摺られるように
連れ去られていった。
(また俺は、子どもを……
何やってんだ俺は…っ!!
二度も同じことを繰り返すのか!?)
「リーダー!!!撤退の指示を!!」
仲間の悲痛な声が、響く。
劣勢へと転じた状況は、
もはや誰の目にも明らかだった。
同年 6月15日 AM 00:26
東京第二拘置所
六月の東京では
40℃を超える極暑が続いている。
旱により大地は地割れが目立ち
大気は砂埃にまみれ
以上な暑さが日々民を襲う。
アオイが拘束されてから
珍しく雨が三日三晩降り続けた。
彼女の運命を
あたかも悲しんでいるかのように。
「——うぅ……」
アオイはコンクリートの独房で、
磔にされていた。
華奢な体は傷だらけで、
独房の中は血で濡れている。
彼女は拘束されてから三日間、
不眠不休で拷問をされていたのだ。
「いい加減吐け……!!
——ヘルメスのボスの居場所を教えろ」
拷問官は苛立ちながら
アオイに問いかける。
だが、彼女は拷問官を睨みつけ
かすれた声で答える。
「絶対に、いわ、ねぇ!
くーちゃんと……
リーダーはどうなった!?」
「クソガキが、いい加減に……!!
もういい、お前は用済みだ」
拷問官は苛立ち、
処刑用のサーベルをミントする。
「死ねッ!」
拷問官がアオイの首元にサーベルを
勢いよく振り落とす。
(もうダメだ!!リーダー!!!!)
彼女が目を瞑り心の中で叫ぶと、
リーダーとの思い出が走馬灯のように
去来した。
………2年前
シン東京郊外の荒れ地
「キャンッ!!」
東京郊外の砂漠化しかけた荒野。
シン日本兵が一匹の子犬を
殴り蹴り、いたぶって遊んでいる。
アオイは、
傷ついたその犬を必死に庇う。
「頼む、もうやめてくれ!
くーちゃんは、大事な家族なんだ。
殺すなら、ぼくを……
ぼくなら、死んでもいいから……
くーちゃんだけは、
殺さないでくれ……」
アオイは、
シン日本兵に対し懇願する。
「はぁ?犬が家族とか
馬鹿じゃねぇのか?
今の日本ではな……
自分を守ることだけ、
考えてればいいんだよ!」
そう叫ぶと、シン日本兵は
アオイの左脇腹に
強く蹴りを入れる。
彼女は痛みで、その場にうずくまる。
シン日本兵はアオイの頭を踏みつけ
身動きを取れなくした。
「……もう、この国には
希望なんてねぇんだよ」
シン日本兵は、
片手で犬の首を掴み持ち上げる。
そして、
犬が呼吸ができないように
力を徐々に入れる。
「やめてくれ……!!」
アオイは
頭を踏みつけられながら、
歯をギリギリと食いしばり
シン日本兵に問いかける。
「お前らに……
命を奪う権利なんて、
あるのかよ……!!」
すると、シン日本兵は
犬をアオイに投げ飛ばす。
「……権利だと?
そんなもの、今までずっとねぇよ!
何をしても中央に獲られる……。
水、食料、金、資源……ヒトまでもだ!!
だから、俺は奪う側に回る。
弱肉強食の世界で生きるなら、
強者につく……ただそれだけだ!」
そして、アオイの頭や体を
容赦無く蹴り始めた。
「ぐッ!!やめ……ろ!」
その時、アオイは偶然目の前に
小銃が落ちているのを発見する。
(!?……武器だ!!)
「ぐ!!……く、くらえ!!」
アオイは必死でその小銃に手を伸ばし、
シン日本兵の腹部に向け、
撃とうとする。
しかし……
——ガキンッ
アオイがトリガーを引こうとしても
引き金は固く、動かない。
「!?なんで……」
「知らないみたいだな。
自分で『ミント』してない武器は
相手に権限を渡さないと使えない。
……つまり、
他人の武器がその辺に転がってても
それはただの “ゴミ” だ。
お前みたいな、な!」
愉悦に表情を歪ませ、
嘲るシン日本兵。
アオイは悔しくて泣いた。
一瞬だが、助かったと思った。
目の前の希望が一気に消え、
世界が澱んで見える。
「……弱者はな、
いつだって淘汰される。
ただ、それだけだ——『ミント』!」」
シン日本兵はそう言うと、
手に持った瓦礫から、
軍用の日本刀を具現化する。
そして、片目を瞑り
彼女の首元に照準を合わせる。
「……死ねッ!」
そして、躊躇なく刃を振り下ろす。
するとその時……
——ズバンッ!!
一人の大男が急に現れ、
シン日本兵を背後から切り倒したのだ。
(!!?うぅ……?)
「なんだガキか……
相当、やられたな」
赤い防具を纏ったこの大男は、
アオイの近くに
犬が倒れていることに気が付く。
「触る、な……」
アオイはその犬を守ろうとするが、
全身の激痛で身動きが取れない。
「お前の犬か?
大丈夫だ。悪いようにはしない……」
彼女は、最後の力を振り絞り、
枯れた声で叫びながら威嚇をする。
「……くーちゃんに、
触るなぁぁあ!!」
アオイが大声で叫ぶと……
——バチバチッ!バチン!!!
その瞬間、
男の腰に据えていた武器や
周囲の送電線がショートした。
「!!?」
この出来事に、
男は瞳孔が開くほど驚いた。
しかし、
アオイは意識が朦朧とし
全身から力が抜けて、倒れてしまう。
「ぼくは……死んでもいい。
その代わり、くーちゃんだけは、
殺さ……ない、で」
(!?コイツ……
意識が無くなったのに、
まだ、掴んでやがる)
アオイは、そのまま
男の足を強く掴んで離さなかった。
……数時間後
「!!?」
アオイが目を覚ますと、
ベッドの上に横たわっていた。
慌てて身体を起こすと、
全身に激痛が走った。
「!?いっつ……」
その時、
木製の扉がギイィと音を立てて開く。
大男がパンと飲み物を手に持ち、
部屋に入ってきた。
アオイの記憶に新しい、あの大男だ。
「起きたか、どうだ気分は」
アオイが周りを見渡すと、
部屋には薬や包帯が置いてある。
どうやら医療室のようだ。
「!?くーちゃんは?」
「あぁ、お前の犬……
くーちゃんなら、大丈夫だ」
男は隣のカーテンを引いて、
ベッドで気持ちよく寝ている
くーちゃんを見せる。
アオイは安心して、ため息をつく。
「それよりも、
お前の方が重体なんだ。
安静にしてろよ」
アオイは、
敵意のない男に緊張がゆるむ。
「……なぁ、聞いてもいいか?
嫌なら答えなくてもいいが……
お前、他に家族は?」
パンと飲み物を机に置きながら、
男は話し出す。
「……」
アオイは沈黙する。
男はその様子を見ながら、
質問を続ける。
「……親や兄弟は、いないのか?」
「……」
男は少し咳払いをしながら、
少しきつい言葉を投げる。
「……悪いが、同情はしないぞ
今は戦争だ……。
家族を亡くした奴は、
お前だけじゃないからな」
沈黙をしていたアオイだが、
少しずつ話し出す。
「……記憶が……ないんだ」
「!?……記憶がない?」
アオイは両手を重ねて握り、
徐々に話し出す。
「ぼくは……
気がついたら、ガレキの中にいた。
その前の記憶はない。
だから、家族が生きてるのか
死んでるのかも……分からないんだ」
男は、彼女の話を真剣に黙って聞く。
「ずっと、一人だった……
でもある日、
くーちゃんに出会ったんだ。
辛い毎日だったけど、
お陰で少し楽しくなった」
アオイは隣のベッドで眠る
くーちゃんを見つめなおし、
少しだけ微笑んだ。
「大変だったけど、
ずっと二人で必死に生きてきたんだ。
戦争に偶然巻き込まれた時も、
少ない食料を手に入れた時も、
いつも二人で分けてきた……」
男は「そうか」と相槌をうち、
アオイの話を聞き続ける姿勢を見せる。
「……家族の事は、
何回思い出そうとしても
まったく思い出せない。
でも、はっきり言えるのは
く―ちゃんは大切な家族なんだ。
ぼくの命に代えても……必ず守るつもりだ」
男はアオイの過去に、
自分の境遇と重ねて
心を動かされていた。
「自分が誰か、わからない……か。
それは辛かったな。
今の日本は正気じゃねぇ。
失うことが当たり前の日常なんて、
ありえねぇ……!!」
アオイはなんとも表せない
複雑な表情で話を聞く。
「さっきも言ったが、
同情はしねえ。
……だがな」
アオイは、
続きの言葉を待つように男に視線を向けた。
「……ホントに頑張ったな。
大切な家族を、お前が守ったんだ」
男は我が子を称えるように、
誇らしげに笑った。
アオイの表情が、パッと明るくなる。
これまでの警戒と緊張が、一気に解かれた。
「でもな……だったらお前、
”死んでもいい”
なんて絶対に言っちゃダメだろ!」
「……えっ?」
アオイは驚く様子を見せるが、
自分の言ったことを思い出す。
(……殺すなら、ぼくを殺せ。
ぼくなら、死んでもいいから……
くーちゃんだけは、殺さないでくれ……)
「だって、
その犬は家族なんだろ……?」
アオイはその言葉を聞いてハッとする。
(自分が死ぬことは、
くーちゃんに同じ悲しみを
背負わすことになるんだ……!!)
男はアオイの気がついた顔を見て
さらに問いかける。
「なぁ、NFTって言葉の意味……
知ってるか?」
「???」
「——『ノンファンジブルトークン』
って、呼ばれててな、
非代替性トークンの省略だ。
……俺もお前も、くーちゃんも
NFTと同じなんだ。
言ってる意味、わかるか?」
「……」
「代わりの利かない、
唯一無二の存在ってことだ。
……つまり、お前は生きてていい。
死ぬなんて言うな、堂々と生きろ」
そう言うと男は、
アオイにパンを優しく投げ渡す。
「食え、腹減ってんだろ?」
アオイはお腹を鳴らし、
大きく口を開けてほおばった。
「ん、ん……ぐすっ。
ひく、ひっく……」
アオイは、
一口食べると涙が止まらなくなり、
その場で大声を上げて泣いた。
その時、アオイは走馬灯から現実に戻った。
拷問官は剣を振り下ろしている。
(!?くーちゃん、リーダー!!
——ダメだ、死ねない!!)
「やめろぉぉぉぉーーーーーー!!!!!」
——バリバリバリバリバリ!!!!
……バツンッ!!
「!!?」
その時突然、拘置所内の電気が落ちた。
拷問官が振り下ろした剣も、
電撃がほとばしり、弾け飛んでいた。
「くそ、どうなってやがる!
予備電源はまだか!?」
——ウーーウーーーウーーー!!
ちょうどその時、
激しいサイレン音が
外から拘置所内に響く。
牢屋の外が異様にザワつき始める。
(……なんだ!?)
「——おい!
侵入者だ、逃すな!!
バケモノか!?デカいぞ!
落ち着いて対処しろ 」
外からは銃声のほかに、
まるで風を素早く切るような
鋭い音が聞こえる。
(……???何が暴れてるんだ?
まさか、リーダー?
いや、バケモノって声が……?)
一瞬期待するアオイ。
しかし、
雑用の二年間で
ヘルメスが仲間を助けるような
甘い組織ではないことを知っていた。
また、東京第二拘置所は
コンクリート造りで
セキュリティもアナログだ。
だからその分、
警備体制はどこよりも厳重である。
「貴様ら!!!
侵入者なんて認めるな、
中央にバレたら、大事になるぞ!
総員、全力で対処するんだ!」
アオイは意識が朦朧としながらも、
外の異常事態に必死に耳を傾けた。
すると牢屋の外から、
刃物が空を切るような音と
叫び声が聞こえてきた。
——シュンシュンシュン!
「ヒィィ!!グワァぁ!」
「!!?」
アオイは声を出すことが出来ず、
ただただ不安で緊張する。
——タッタッタ……!!
——ピタピタピタピタ
(!?……足音が二つ近づいてくる)
するとアオイの独房の前で、
銃撃音や悲鳴が突然止んだ。
急な静けさにアオイは恐怖した。
サイレンだけが、不気味に響き渡る室内。
乾いた喉でゴクリと唾を飲んだその時、
———ガゴォォン!!
突然、独房の扉がこじ開けられた。
(!?……入り口に、
誰かが立っているのか?)
アオイはじっと目を凝らし、
乾き切った声でこう言った。
「———誰?」
ぼやけていた視界が暗闇に慣れ、
だんだんと辺りが鮮明に見えてきた。
うっすらと、独房の入り口に
人間が立っているのが見える。
美しい銀髪に、
緑色の長い髪を編み込んだ少女。
その傍らには、
美しく凛々とした
大型の白鳥のような生き物が
寄り添っている。
(……チャイナ服、中国人か?
それよりも、その隣のデカいのは
……生き物、なのか?)
二人は静かに、こちらを眺めている。
(……綺麗だ)
アオイは、
不思議と敵意を感じなかった。
そして、その神秘的な姿に
数秒間、衰弱を忘れ見惚れる。
——コツ、コツ……
すると、銀髪の少女が歩み寄ってくる。
白鳥の方は、牢獄内で壁にもたれている。
アオイは我に返り叫ぶ。
「!?やめろ……
ぼくに、近づくなぁあ!!!」
——ビリビリビリッ!!!!
また、アオイの身体とその周囲に
例の電撃が走る。
「!!?
くっ、初めての痛みだ……」
白鳥は頭を翼で押さえる。
そして、頭を横に振り
痛みを誤魔化そうとする。
「……ねぇ」
アオイは急に話しかけられ、
さらに警戒を強める。
「な、なんだ!!」
銀髪の少女は、
アオイを見つめ口を開いた。
「……やっぱり、あなたは特別ね」
「……?」
その意味深な言葉に、
アオイは何のことか分からず
混乱する。
「アオイ……
約束を、果たしに来たわ」
「!!?」
——アオイの特別な力を知る、銀髪の少女との出会い。こうして、アオイはシン日本帝国との戦いの渦に巻き込まれていく——
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