第三話「リゼ」

「アタシを、なめんなよ」

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リゼは動揺した。

“樂画鬼(ラクガキ)” の立ち上げから二年。
その間、一度もレンの涙を
見たことがなかったからだ。

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“樂画鬼” の一員「リゼ」

「お、おい。どうした?」

ナニカに取り憑かれたように、
急いでホームを
出ていこうとするレン。

——パシッ!

彼女を止めるため、手を掴む。
同時に、普段は見られない
興奮した目つきにリゼは怯んだ。

——ブンッ!

その一瞬の隙に、
掴んだ手は振りほどかれてしまった。

リゼは、母親譲りの桃色の髪を
搔きむしりながら苛立ちの声を上げる。

「なんなんだよッ!クソ!」

今のシン日本軍は危険だ。

モラルや法律で民衆を制御できず、
苦戦したシン日本は、
止むを得ず軍事力を強化している。

その結果、
以前よりも過激さを増し、
逆らう者への暴力が
目立つようになっていた。

そんな危険な場所へ、
レンは計画もなく
たった一人で殴り込みを
かけようとしている。

リゼの頭に浮かぶ絵は、
当たり前だが、
最悪のシチュエーションばかりだった。

そこまで考え、
リゼは頭を振りながらぼやいた。

「絶対、何か問題起きんだろうが!
 ……ったく、心配ばっかりさせやがって
 …… アタシはお前の母親じゃねえっての!」

リゼはホームの外に出ると、
まだ降り続ける雨の中、
地面に手を当ててフレーズを唱えた。

「——『ミント』!!」

リゼのメタビークルは
“ゼファー400” 
半世紀以上前の古いモデルだ。

無茶を繰り返しすぎて、
リペアでも直らない傷だらけだが、
リゼはこれを絶対に手放そうとしない。

「いつも無理させて、ごめんな」

一際目立つ大きな傷を撫でながら、
飛び出していったレンを想った。

——そして。

リゼは、覚悟を決めて顔を上げ、
ハンドルを強く回し、
エンジンを震わせた。

——ズド、ドドドドドドドド!!

——————

——ザーーーーーー!!

濁流のような雨の中、
ヘッドライトで照らす数十メートル先。

リゼは中国マフィア “絵亞魯(エアロ)” に囲まれる
レンを発見する。

バイクの数は10台くらい、
いつもよりは少ない。

「また、あいつらかよ!」

リゼはスピードを上げ、
レンを囲う “絵亞魯” のバイクの隙間から、
勢いよく入り急ブレーキをかけて止まった。

——ギャギャギャギャギャ!!

「どうすんだ、これ?」

リゼはエンジンをかけたまま
バイクから降り、
背中越しに話しかけた。

「すまない、でも先に行かせてくれ」

レンは焦りながら答えた。

リゼは、浅くため息をつくと
即座に答えた。

「後で奢れよ!
 ——『ユーティリティ』!!」


リゼがバイクに手をあて叫ぶと、
それは幾何学的な文字の羅列へと変化し、
彼女を大きく包み込んでいった。

そして下半身から徐々に形づくり、
リゼはバイクを “機械のゴーレム”
姿に変化させ纏ったのである。

見た目は、リゼより一回り大きく
ガラクタを組み合わせたような、
凹凸感のある質感で、
無数のケーブルが絡み合っている。

リゼは、このゴーレムに
“ラビ” と名付けている。

「お前ら一人残らず、
 アタシが相手してやるよ!」

————ドルルン、ドルン!!

レンはリゼが作った隙をついて
“絵亞魯” たちの間を何とか走り抜けた。

止まない雷雨が不安を煽る中、
TOKYO第二拘置所へ向かうのだった。

—————

リゼは、レンを逃すため
あえて大袈裟に暴れ、
隙を作りながら戦った。

(意外としつこいな……。
 レンをすぐに追わないと……!)


万が一、シン日本軍との交戦に
間に合わなかったら。
もし、レンが捕まってしまったら……。

「——仕方ねぇか……。オイ!」

長引くことを恐れたリゼは
“絵亞魯” のリーダーを叫ぶように呼んだ。

「———だ。約束する」

仕方なく “ある条件” を交わすことで、
その場を収め、
すぐにレンを追いかけたのだった…。

—————————

激しい雷雨が続く中、
風までも強くなってきた。

リゼがTOKYO第二拘置所に着くと、
すぐに白い武装した集団が目に飛び込んできた。

数百人のシン日本軍が何かを包囲しているのだ。
その中心は外からは見えない。
けれど、そこに “何があるのか” は、
リゼには分かりきっていた。

――レンだ

アラームが雷雨の中で響き、
不気味さを際立てている。

「あんの、バカが……。
 『ミント』!!」


リゼがフレーズを唱えると、
“ラビ” を幾何学模様の
文字列が覆いつくした。

ミントしたラビに、
強化パーツをミントし装着させたのだ。

リゼはラビの背中部分にできた
コックピットに移動し、
操縦席に座る。

「ガス、減らしすぎてるな……。
 サクッと片付けるぞ!」

——ガコ、ガチャン!

拘置所を余裕で見下ろせるほど
巨大に構築された “ラビ” を
左右のレバーで操縦した。

「オイ、お前ら踏み潰してやんよ!
 ほら退け!ほら!!
 ハッハッハ!」

抵抗しようと銃や手榴弾で応戦する
シン日本軍だったが、
ラビの硬さには全く敵わない。

その大きさと破壊力に
シン日本軍は成す術もなく圧倒され、
逃げ惑う兵士たちがほとんどだった。

「レン、どこだ!応答しろ!」

リゼの左目は義眼だ。

これは脳と直接つながっており、
脳内で直接外部との交信が可能だ。

——ピピッ!

「!?そこかッ!」

———ガゴゴゴゴゴ!!!

レンの信号を捉えたリゼは、
拘置所の屋根をラビの一撃で
おもむろに破壊した。

そこには、
正面を敵で覆われた
レンとティエンの姿があった。

リゼがよく見ると、
レンは青髪の少女を
大事そうに抱きかかえていた。

「!?レン!……チッ!
 ……まぁ、今じゃないか。
 おい!乗れ!!」


レンはリゼを見上げ
安堵の表情を浮かべると、
目の前に差し出されたラビの大きな掌に、
アオイを優しく下ろした。

そしてリミットを超えた
ティエンをウォレットに戻し、
彼女自身もそこへ飛び乗る。

「……ふぅ!」

ラビを操作して
二人を守るように抱えたリゼは、
ほっと息を大きく吐いた。

「よし、ミッションクリアー……だな!
 とっとと帰るぞ!」

リゼがハンドルを思い切り引くと、
ラビの背中から、噴出口が飛び出した。

———ガゴン!!ガガッガ!ガン!!

「飛ばすぞ!気をつけろよ!」

激しい雷雨の中、ラビは風を切り
追い討ちをかける隙もないほどの速さで飛んだ。

リゼは、レンと負傷したアオイの救出に成功し、
表情には出さないが、内心安堵した。

この時はまだ、
リゼはアオイを助けたことを、
後悔するとは知らずに……。

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