「ぼくは、君を知らない」
シンTOKYOの外れ、シンCHIBA2との堺。
そこにはコンテナを改造したような、
錆びたコワーキングスペースがある。
革命DAO組織 “樂画鬼(ラクガキ)” は、
この場所をホームとして利用している。
雨はとっくに止み、
いつもと同じ朝焼けが、
アオイには特別まぶしく感じた。
(さっきまで、死にかけてたんだよな……)
助けられた理由を明かされないまま、
彼女はホームの中へ案内された。
意外にも建物の中は綺麗に整理されていて、
想像よりずっと快適そうだ。
壁には “子どもの落書きのような作品” が
大げさな額縁に入れて飾ってある。
「とりあえず、
シャワー浴びてこい。
話はそれからだ」
リゼはそう言うと、
アオイにタオルを投げ渡した。
(あっ……)
——バサッ
アオイはタオルを受け取れず、
床に落としてしまった。
しゃがんで掴もうとするが、
全身に痛みが走り、膝をつく。
(いてて……)
アオイは何とか膝を立て、
奥にあるシャワー室へ向かった。
——シャーーー……
「……っ」
固まった血が流れ落ちるのと同時に
彼女を襲う痛み。
まるで全身にできた傷ひとつひとつが
悲鳴を上げているかのようだった。
そして、それを宥めるように
そっと洗い流す手も
また痛みで上手くは動かせない。
ふとアオイは、
子供の頃によくいじめられて
傷だらけになっていた過去を思い出した。
そして、鏡に映った自分の姿に顔を顰める。
(この親譲りの髪色と
運動神経の悪さが原因だったな……)
アオイはシャワー室から出て、
髪をタオルで拭いて乾かした。
普段であれば、
そのままお気に入りの髪型にセットしている。
彼女のリーゼントは、
ヘルメスに拾われてから、
周りに舐められないように変えたものだ。
最初は違和感があったが、
いまでは随分気に入っている。
けれども今はコームすらなく、
そもそも腕を上げ続ける事が
今のアオイには苦痛だ。
それでも……
(——舐められたくない)
アオイは前髪を掻き揚げ、
撫でつけてオールバックに仕上げた。
彼女が部屋に戻ると、
三人掛けのソファーにリゼが
足を組んで座っていた。
レンは壁に寄りかかって
アオイを見ている。
「座れ」
リゼは口調が強く、
目つきも鋭い……。
左目には縦傷がある。
アオイは言われた通り、黙って座った。
アルミ製の椅子が、
緊張でさらに冷たく感じた。
「……リゼだ」
先に名乗ったリゼは、
続けざまにこう言った。
「質問。お前はなにもんだ?」
ストレートな問いに、アオイは困惑する。
質問の意図が理解できなかった。
リゼは、答える気配のないアオイから
壁際のレンに視線を移した。
「なぁ、レン……。
なんでコイツなんか、助けたんだ?」
アオイは、この銀髪の女性の名前が
レンという名であることを知った。
聞いた名前だった気もしたが、
疲れで思考が回らず考えるのをやめる。
すると、
レンはアオイに真っ直ぐ視線を合わせて
初めて口を開く。
「——ワタシは……
ずっとお前を探してたんだ」
「………??」
アオイには
その言葉の意味が分からなかったが、
なぜか彼女も緊張しているように見えた気がした。
「……」
「…………」
数秒間、沈黙が流れた。
レンは沈黙を保ったまま、
アオイの発する言葉を待っているかのようだった。
レンはアオイを真っすぐ見て、
ゆっくり話を続けた。
「やはり、記憶がないか……。
ワタシはお前の——」
——ガシャン!!!
その時、急に窓ガラスが割れる音がした。
「——!!?」
「オイ、伏せろ!!」
時すでに遅し。
外から閃光弾が投げ込まれ、
眩しい光と耳をつんざく爆発音が
三人の視力と聴力を奪う。
「クッ、またかよ!
どうせアイツらだろ!!」
忌々し気にリゼが吐き捨てる。
聴力、視力の回復を待つ間もなく、
騒々しくホームは急襲された。
蹴破られたドアと共に、
武装した集団が中に雪崩れ込んでくる。
「チッ、跡をつけられたか!」
招かれざる客は数十人、
中国マフィア 絵亞魯(エアロ)であった。
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